・・・My Museum Walk・・・『わたしの美術館散策』
井出 昭一
2008.12.2 …My Museum Walk …『わたしの美術館散策』(26) 井出 昭一 脇田美術館 …避暑地のアトリエ山荘に隣接する個人美術館…
〒389-0102 長野県軽井沢町旧道1570-4 電話 267-42-2639 1.プロローグ 今回取り上げる脇田美術館は、軽井沢の緑の木立のなか、温もりのある”色彩の音楽”がゆっくり流れるような美術館です。 私が脇田和という画家を知ったのは、40年以上前のことです。勤務先の社内誌のカットを描いていただいていたことを、絵画に造詣のある先輩から伺ったのが契機でした。軽井沢に脇田和の作品を集めた美術館があることが判り、帰省の途中何回か訪れました。 10月下旬、脇田美術館の近くの「旧軽井沢ホテル音羽の森」の結婚式に招待されましたので、早目に家を出て訪問者のいない晩秋の美術館内で、ただひとり脇田和の世界を満喫してきました。
2.心が洗われる絵画の世界 脇田美術館は、現代洋画界を代表する脇田和(1908〜2005)が設立し、平成3年(1991年)に開館した個人美術館で、1920年代のドイツ遊学時代から晩年まで、油彩、素描、版画など脇田和の作品300点余を収蔵しています。 作家の井上靖は、脇田和の絵を評して「楽しくなったり、仕合せを感じたり、しんとしたり、爽やかになったり、いろいろな心の洗われ方をする」としています。その作品は繊細で微妙な美しい色の重なり、そこには抒情があり、詩があり、音楽があり、魅惑的な独特の世界をつくりあげています。 昭和初期、画家を目指す日本人の多くはフランスへ行きましたが、脇田和は大正12年、15歳でドイツへ渡り、ベルリン国立美術学校で8年間、様々な職人的技術を身につけたといわれ、これが脇田の挿絵や版画などを手がける基礎となったようです。 帰国後は、光風会展に出品を続け、昭和11年(1936年)には猪熊弦一郎、小磯良平などとともに新制作派協会を結成し、これが脇田和の生涯の制作発表の場となりました。 昭和30年(1955年)サンパウロ・ビエンナーレ展、ピッツバーグ国際展に出品したりパリに長期に滞在するなど海外での活動を重ねてきました。帰国して昭和34年(1959年)から昭和45年(1970年)まで東京藝術大学で後進の指導に当たりました。90才を迎えた平成10年(1998年)には文化功労者に選ばれ、平成17年(2005年)11月27日97歳でこの世を去りました。 東京藝術大学教授を退官した昭和45年(1970年)、友人でもある吉村順三 (注)の設計で軽井沢にアトリエ山荘が完成しました。これは近代日本の木造モダニズム建築を代表する建物としても知られています。 アトリエ山荘は隣接して建てられている美術館は、展示室の部分とミュージアムショップとティールームの棟が中庭を包み込むように結ばれていて、ティールームから中庭を隔てて山荘を眺めることができます。ここは、脇田和のほのぼのとした作品に触れた後、車の騒音もなく静寂な空間の中でゆったりとした時を満喫できるスポットでもあります。 東京都出身。1931年東京美術学校(現 東京藝術大学)建築科を卒業。アントニン・レーモンドに師事しモダニズム建築を習得。1941年吉村順三設計事務所を開設。1962年東京藝術大学教授に就任。1990年日本芸術院会員。日本の伝統建築とモダニズムの融合を図ったことが高く評価されています。 おもな建築作品としては、国際文化会館(前川國男、坂倉準三と共同設計/1955年)、奈良国立博物館新館(1972年) 、八ヶ岳高原音楽堂(長野県南牧村/1988年)。軽井沢では、脇田和のアトリエ山荘のほかに、吉村順三自身の吉村山荘(1962年)も建築界では有名です。
3.まとめて見ると魅力が増す脇田芸術 脇田和の代表作といわれる「鳥を持つ女」(1953年)、「貝殻と鳥」(1954年)、「鳥と顔」(1960年)、「花と実」(1960年)、「りんごとびんと鳥」(1968年)、「かくれんぼ」(1980年)、「眠りをさます羽音」(1981年)などは東京国立近代美術館が所蔵しています。東京国立近代美術館では特別展でもない限り一人の画家の作品を数多く展示することはありません。脇田和の作品は1点だけ鑑賞するより、何点もまとめて見た方がより魅力的ではないかと思います。 今年は、脇田和の生誕100年記念を迎え、軽井沢の脇田美術館では私が訪れ た10月末には「脇田和 生誕100年展…鳥、花、子供との出会い。美しいものは身近にある。…」(2008.4.12〜11.24)が開かれていました。ここでは脇田和のベルリン時代のデッサン・油彩から晩年までの作品約90点が展示されていて、1階と2階の展示室で画家の全貌を鑑賞することができました。
2階の展示室は柱のない広々した明るい空間が広がり、中央にはコルビュジエのデザインの椅子も置かれていました。そこに座ってほのぼのとした脇田和の作品に取り囲まれていると、まさに幸せに包まれているという感じでした。
脇田和の作品が常時展示されているところは東京にもあります。日比谷の「DNタワー21(第一・農中ビル)」の旧第一生命館の1階には1995年に開設された南北2つのギャラリーがあり、「北ギャラリー」では脇田和の作品が常設展示されています。入場無料ですから気軽にいつでも脇田和の絵画世界を鑑賞することができます。この旧第一生命館の北ギャラリーでも脇田美術館との関連企画として「生誕100年脇田和 版画展 1931−1989」(2008.4.15〜11.21)が開催されました。
4.軽井沢の個性的美術館 脇田美術館のある軽井沢には、建築的にも個性的な美術館がいくつも点在していますので、絵画を鑑賞しながら建物や庭園も楽しめる美術館を列挙してみます。 (1) ペイネ美術館 http://www.karuizawataliesin.com/peynet/peynet2004.html (2)ルヴァン美術館 建物は、大正9年(1920年)に文化学院の創立者・西村伊作が設計した創立当時校舎をほぼ再現したもので、英国のコテージ風の建築と庭園の調和が美しい美術館です。 (3)セゾン現代美術館 旧高輪美術館が1981年に東京高輪から軽井沢に移転し、開館10周年を機にセゾン現代美術館と改称しました。現代美術を主体とする美術館で広い庭園の散策も楽しめます。 (4)田崎美術館 文化勲章を受章した画家田崎廣助が第二の故郷の軽井沢に自身の作品を永久保存、展示するために造った美術館です。原広司の設計による芸術的な建物も魅力的です。 (5)メルシャン軽井沢美術館 http://www.mercian.co.jp/musee/ 西軽井沢(御代田町)の白樺林に囲まれたウィスキーの樽貯蔵庫を改修して造られたユニークな美術館です。設計はルーヴル美術館の改修を担当した建築家ジャン・ミッシェル・ヴィルモットが手掛け、毎年世界の有名作家の作品を展示公開しています。 展覧会トピックス 2008.12.02 美術館、博物館など開催場所のURLを表記しましたので、詳細はそれぞれのホームページをご覧ください。
1.「インドネシア更紗のすべて…伝統と融合の芸術…」 会 期:2008.10.18〜12.21 会 場:虎ノ門 大倉集古館[写真5-1] 入場料:一般 1000円 休 館:月曜日(祝日の場合は開館) 問合せ:03-3583-0781 http://www.hotelokura.co.jp/tokyo/shukokan/batik.html 日本で「インドネシア更紗」と呼ばれ親しまれてきたバティックの歴史とその魅力を広く紹介するものです。研究者としてインドネシアに関わってきた戸津正勝氏の30年に及ぶ膨大なコレクションのなかから約350点が展示されます。インドネシア国内全域にわたり、古い伝世品から現代の新進作家までの個性的なバティックを網羅したものとしては空前の規模だといわれています。
2.「丸紅コレクション展…衣装から絵画へ 美の競演…」 会 期:2008.11.22〜12.28 会 場:西新宿 損保ジャパン東郷青児美術館 (損保ジャパン本社ビル42階)[写真5-2] 入場料:一般 1000円(65歳以上 800円) 休 館:月曜日 問合せ:03-5777-8600(ハローダイヤル) http://www.sompo-japan.co.jp/museum/ 総合商社・丸紅が長い歴史のなかで集めてきた衣裳のコレクションと1970年代に丸紅が総合商社として本格的に美術品の輸入販売に参入したときに収集した日本洋画、西洋絵画などから約80点が展示されます。その中で「美しきシモネッタ」は、日本にある唯一のボッティチェリの作品です。
3.「青磁と染付展…青・蒼・碧…」 会 期:2008.10.5〜12.24 会 場:松濤 戸栗美術館[写真5-3] 入場料:一般 1000円 休 館:月曜日(祝日の場合は翌日) 問合せ:03-3465-0070 http://www.toguri-museum.or.jp/home.html 3千年以上の歴史を持つ青磁と14世紀の中国・元時代に生まれた染付の「あお」に焦点を当てた特色ある展覧会です。 以上
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2008.10.24 …My Museum Walk …『わたしの美術館散策』(25) 井出 昭一 東京藝術大学大学美術館 …わが国初めての大学美術館…
今回は、上野の森の東京藝術大学構内にある“東京藝術大学大学美術館”を取り上げます。“大学”が重複していて一見変わった 名前の美術館ですがこれが正式名称です。アメリカのハーバード大やプリンストン大には大学美術館があるそうですが、日本では初めての大学美術館です。 1.東京国立博物館に次ぐ件数を誇るコレクション
2.藝大所蔵名品展の思い出 東京美術学校の 初代(正式には 2 代)校長の岡倉覚三(天心)は廃仏毀釈の波の中にあって古美術を積極的に購入しました。数ある収蔵品のうちで物品番号の一番は「絵因果経」で、東京美術学校が開校された 1889 年(明治 22 年)に、岡倉天心が起案して 220 円で購入したものです。 収蔵品が急増したのは正木直彦校長の時代です。正木校長は明治 34 年から昭和 7 年まで長期にわたり校長として在任していたため、数多くの美術品が学校での教材として集めましたが、これらの美術品は陳列館や正木記念館で一部展示されることはあっても一般には公開されることはありませんでした。 藝大の収蔵品がまとまった形で初めて公開展示されたのは、昭和 52 年 9 月に東京国立博物館で開催された「東京芸術大学所蔵名品展」[写真 2-1 ]です。 このときに、国宝「絵因果経」、重文の狩野芳崖の「悲母観音」、橋本雅邦「白雲紅樹」をはじめ、横山大観の「村童観猿翁」、菱田春草の「水鏡」、下村観山の「天心岡倉先生草稿」など天心門下の作品、さらには上村松園の「序の舞」、橋本関雪の「玄猿」など政府買い上げ作品など、なじみ深い作品が一堂に会し壮観そのものでした。 次に藝大の収蔵品が大々的に公開されたのは昭和 62 年( 1987 年)の創立 100 周年記念展[写真 2-2 ]でした。このときは都内のデパート4ヵ所と藝大陳列館を使って藝大所蔵の名品ばかりではなく、卒業生、現職教官の作品を一斉に公開し、すべての会場を見学するのに苦労した記憶があります。絵画、彫刻、工芸などはいろいろなところで見る機会がありましたが、銀座の松屋で開かれた「デザイン・建築」部門の展覧会は初めて接するものも多く大変参考になりました。 平成 11 年( 1999 年) 5 月に大学美術館が竣工し、大学構内に美術品を公開展示できる建物がようやく誕生しました。その年の 10 月に開催された「開館記念 芸大美術館所蔵名品展」[写真 2-3 ]では、古美術、日本画、油彩画、彫刻、工芸の分野で教科書、画集、展覧会などでなじみある作品 160 点ほどが一挙に展示され、内容が充実した展覧会でした。 藝大美術館では毎年春季にコレクション展を開き、収蔵品から主要作品を定期的に展示公開しています。昨年は「パリへ ― 洋画家たち 百年の夢」展、「岡倉天心 ― 芸術教育の歩み ― 」展など、大学創立 120 周年に因んだ展覧会を開催し、主要な作品が数多く展示されました。今年のコレクション展( 2008 年 4 月 10 日〜 7 月 21 日)では、所蔵の作品・資料の古美術・日本画・西洋画・彫刻・工芸・図案の各分野の名品を厳選し、特に古美術および日本画、素描作品については、三期に分けて展示されました。 これまでに開催された展覧会で印象に残るものとしては、「 油画を読む … 高橋由一から黒田清輝の時代へ…」( 2001 年 8 月 7 日〜 9 月 24 日)、「横山大観“海山十題”展… 発見された幻の名画…」( 2004 年 7 月 27 日〜 8 月 29 日)、「 吉村順三建築展」( 2005 年 11 月 10 日〜 12 月 25 日)、「 NHK日曜美術館30年展」( 2006 年 9 月 9 日〜 10 月 15 日)、 「岡倉天心… 芸術教育の歩み …展」( 2007 年 10 月 4 日〜 11 月 18 日)、 「バウハウス・デッサウ展」 ( 2008 年 4 月 26 日〜 7 月 21 日)などです。いずれもテーマも適切で内容も充実していて楽しめるものでした。
3.構内の胸像と石膏のコレクション 藝大の構内に入ってまず気付くことは、いたるところに胸像や彫刻が置かれていることです。有名なものではロダンの「バルザック像」[写真 3-1 ]、「青銅時代」[写真 3-2 ]です。国立西洋美術館の前庭には「地獄の門」、「カレーの市民」、「考える人」が置かれていますので、上野の森は、ロダンの代表的作品がすべて揃っていることになります。 藝大の庭を歩くと教壇に立った藤島武二、橋本雅邦、高村光雲、安井曽太郎[写真 3-3 〜 6 ]などの胸像も数多くみられますが、その教え子が制作しているものも多く、師弟関係を想像しながら見て歩くのも楽しいものです。
4.話題となる建物が並ぶ構内 (2) 陳列館…岡田信一郎“ギャラリー三部作”のひとつ [写真 4-6 ]
家ブリジンスの弟子にあたります。
[参考] 東京音楽学校奏楽堂 [写真 4-10 〜 11 ]
東京音楽学校奏楽堂は、 明治 23 年に東京音楽学校の構内に建てられた木造2階建ての日本最初の西洋式コンサートホールで、設計は文部省営繕の山田半六と久留正道で、音響設計は上原六四郎が担当しました。音響計画に基づいて設計されたわが国はじめてのコンサートホールとして、建築学上極めて貴重な建物であることから、昭和 63 年 1 月、重要文化財に指定されました。 老朽化が進んだため昭和 56 年に使用が中止となり、撤去されることになりましたが、保存運動が起こり昭和 58 年に東京藝術大学から台東区が譲り受け、昭和 62 年上野公園の藝大に近い現在地に移築復元工事が完了しました。奏楽堂の音響効果の素晴らしさは定評があり、現在でも年間百回以上の演奏会が開かれている現役のコンサートホールです。 このように、上野の藝大は、単に美術館で美術品を鑑賞するだけではなく、庭の彫刻・胸像を見たり、特色ある建物を見たりして、楽しむ対象の豊富なところです。
美術館、博物館など開催場所のURLを表記しましたので、詳細はそれぞれのホームページをご覧ください。
1. 「宋・時代の書画…中村不折コレクション…」 http://www.taitocity.net/taito/shodou/ 書道博物館は、洋画家で書家の中村不折により昭和 11 年に開館され、亀甲獣骨文、青銅器、石碑、鏡鑑、法帖、経巻文書など、不折が書道研究のために収集した中国・日本の書道に関する古美術品、考古出土品など、重要文化財 12 点、重要美術品 5 点を含む約 16,000 点が所蔵されています。書道博物館の本館は金石類の常設展示を、中村不折記念館では紙本墨書類を展示し、中村不折記念室を設け、不折の作品や関係資料も展示しています。
2. 「日本の書跡…かな古筆と近世画人の書…」 http://www.sen-oku.or.jp/tokyo/ 当館が所蔵する住友コレクションのなかから古代から近世にかけての日本書跡を紹介しています。平安時代のかなの代表的作品「寸松庵色紙」をはじめ、料紙装飾の美しい歌切、歌仙絵切、和歌懐紙など、平安時代後期から鎌倉時代にかけての能書による和歌の造形の流れを汲みとることができます。また今回東京初公開の「古筆手鑑」は、奈良時代から江戸時代までの能書を集めたもので、書道史・文学史上貴重な資料といわれています。 3. 「数寄者 益田鈍翁…心づくしの茶人…」 会 期:前期 2008.10.11 〜 11.13 http://www.ebara.co.jp/socialactivity/hatakeyama/ 幕末から昭和を生きた益田鈍翁(孝)は、三井物産や中外物価新報(日本経済新聞の前身)を創立し、三井財閥を築き上げ、日本経済の基盤を築きました。近代における美術品蒐集家、数寄者として、美術界・茶の湯の世界に多大な影響を与え、当館の創設者・畠山即翁もその影響を受けたひとりでした。両者の年齢差は三十四歳あり、鈍翁に見込まれて数寄者の道へと導かれた即翁は鈍翁から実に多くのことを学んだといいます。本展では、当館のコレクションを中心に鈍翁の旧蔵品や好み物、自作の書画、茶道具を紹介します。 以上 |
2008.10.03 …My Museum Walk …『わたしの美術館散策』(24) 井出 昭一 埼玉県立近代美術館 …ユニークな 椅子のコレクション …
今回は、北浦和にある埼玉県立近代美術館を取り上げます。この美術館は、川口市の大熊家から近代日本画 47 点の寄贈を受けましたが、その中に横山大観の未公開作品 10 点が含まれていて、新聞・テレビでも紹介され話題となった美術館です。[写真1]
1.JRの駅から3分の美術館 「MoMA(モマ)」という愛称で親しまれているのはニューヨーク近代美術館 ( The Museum of Modern Art, New York ) ですが、埼玉県立近代美術館( The Museum of Modern Art, Saitama )は、これと似た名前で「MOMAS(モマス)」と呼ばれ、 旧制浦和高校の跡地にできた 北浦和公園の緑の中に昭和 57 年( 1982 年) 11 月 3 日に誕生しました。つい最近開館したとばかり思っていたのですが既に四半世紀も過ぎています。[写真 2 ] JR京浜東北線の北浦和駅西口から徒歩 3 分という至近距離で、新宿駅からは埼京線の赤羽駅で乗り換えて京浜東北線の北浦和駅下車しても乗車時間は 33 分、 東京駅から京浜東北線(快速)では北浦和駅まで 39 分と、都心からでも時間がかからず交通の便利な美術館です。蕨のわたしの家からは 30 分以内で行ける最も近い美術館です。
2.建物は 黒川紀章が設計 美術館の建物は黒川紀章が設計しています。 [写真 3 ・ 4 ] 黒川紀章は国内では名古屋市美術館( 1988 年)、広島市現代美術館( 1989 年)、和歌山県立近代美術館( 1994 年)、国立新美術館( 2006 年)などのように多くの美術館建築を手がけましたが、 埼玉県立近代美術館は初期の作品で、一見すると 名古屋市美術館と似た建物です。 立方体を積み重ねた形がこの美術館の特徴で、 建物は地上3階、地下1階建ての構造です。樹木の多い周囲の環境と調和を図るよう建物の高さを抑えていますが、 常設展示室は天井が高く、広くて感じ良い空間です。 センターホールは各階を貫く吹抜空間となっていて天井から自然光を採り入れて明るく、地下1階の3壁面には彫刻を配置し、他の1面に有名デザイナーの椅子を置いて、ゆっくりと彫刻を鑑賞できるユニークな空間となっています。 [写真 5 ・ 6 ・ 7 ・ 8 ] 3.美術館の内外に彫刻が展示 埼玉県立近代美術館は、 モネ、シャガール、ピカソなどの海外の巨匠から日本の現代作家まで美術作品を収蔵し、コレクションの数は決して多くありませんが,これまでユニークなテーマを設けた企画展を次々に開催して評価を高めています。 2008 年度から「常設展」という呼称をやめて「MOMASコレクション」と改め、収蔵品を順次紹介しています。 この美術館の特徴の一つは、美術館の内外に近代・現代彫刻作品がさりげなく置かれていることです。公園に入って美術館の建物に向か通路の中央にエミリオ・グレコの長身ですらりとした女性「ゆあみ(大)No.7」が来館者を迎えてくれます。さらに進むと風船のようにふくよかな女性が横たわっていますが、これは豊満の女性ばかりをテーマに数多くに作品を残したフェルナンド・ボテロの作品「横たわる人物」です。[写真 9 ・ 10 ] 美術館の屋外には随所に現代彫刻が置かれていますが、びっくりするのは2階から3階へ通じる階段室に四角の巨大なコンクリートの柱のようなものが外部から斜めにガラスを突き破ってきていることです。初めて対面したときには、どうしてこのような建物を造ったのかと疑問に思いましたが、これが田中米吉の彫刻作品だと知って納得(?)した次第です。[写真 11 ・ 12 ] 4.椅子の美術館”として定評 また、この美術館は “椅子の美術館”としても知られてきています。東京国 立博物館の法隆寺宝物は設計者の谷口吉生により世界的デザイナーの椅子が各所に指定され配置されていますが、ここでも 世界的に優れたデザイナーの椅子69脚を収蔵し、展示替えにあわせて 館内随所に配置し、これらの椅子には来館者が自由に座ることができます。 目についた椅子を挙げてみますと、1階のエントランスホールのコーナーにマルセル・ブロイヤーのスチールパイプと皮を使った椅子とミース・ファン・デル・ローエ(ドイツ)のバルセロナ・スツールが置かれています。 [写真 13 ] 地下1階のセンターホールにもミース・ファン・デル・ローエのバルセロナ・スツールが4脚置かれています。3階のエレベーターホールには、ヴァルナー・パントン(デンマーク)とヘーリット・トーマス・リートフェルト(オランダ)のレッド&ブルーの椅子がエミリオ・グレコの大きなエッチング「別れNo.16 」の両脇に置かれています。 [写真 14 ] このほかチャールズ・イームズとレイ・イームズ夫妻、 チャールズ・レニー・ マッキントッシュ(イギリス)、ル・コルビュジェ(フランス)、アルヴァ・アアルト(フィンランド)などの外国デザイナー・建築家の設計による椅子、日本人としては松村勝男、柳宗理などの作品も所蔵されています。
5.アーツ・アンド・クラフツ展が開催中 埼玉県立近代美術館では、 9 月 13 日 ( 土 ) から 11 月 3 日 ( 月・祝 ) まで企画展「 アーツ・アンド・クラフツ〈イギリス・アメリカ〉展 …ウィリアム・モリスからフランク・ロイド・ライトまで…」 が開かれています。 会場には、草木や鳥や小動物をデザイン化した様々な壁紙をはじめ、”椅子の美術館”にふさわしいチャールズ・レニー・マッキントッシュの有名なベッドルームの椅子(ヒルハウス)や帝国ホテルを設計したアメリカの建築家フランク・ロイド・ライトの椅子など、モリスの影響をうけたデザインの数々が展示されていて楽しむことができます。
6.来館者のため幅広い活動を展開 従来は美術館と言えば美術品の展示が主体でしたが、 埼玉県立近代美術館では 近年、来館者に美術作品を鑑賞するだけではなく、来館を契機に芸術に全般に親しんでもらうため、コンサートや企画展にちなむ講演会・ギャラリートクを開催したり、親と子で参加できるワークショップなどにも積極的に取り組んできています。また美術書とか看板の美術品のデザインをしたグッズを取り揃えたミュージアムショップも充実してきています。さらにユニークな企画としては近現代建築探検ツアーも開催し、 親しみやすく為になる美術館をめざしています。 美術館内を歩き疲れたら公園に面した明るい レストランでイタリア料理を味わいながら休憩することもできます。美術館の周辺や噴水のある「 音楽公園」には野外彫刻も数多く置かれていますのでそれらを見歩くのも楽しいことです。[写真 15 ]
美術館、博物館など開催場所のURLを表記しましたので、詳細はそれぞれのホームページをご覧ください。 静嘉堂の伊万里コレクションは、国内外で人気を博している金襴手のうち、国内の富裕階層向けの皿や鉢類いわゆる「型物」「献上手」と呼ばれる作品が幅広く揃っていることで有名です。これら金襴手のほか柿右衛門様式の色絵磁器を中心に、鍋島・古九谷様式の作品も併せて展示し、華麗なる伊万里焼の世界を紹介するものです。
2. 「古伊万里展…世界を魅了した和様のうつわ…」 会 期: 2008.9.30 〜 12.23 当美術館の創立者松岡清次郎が蒐集した東洋陶磁コレクションは、中国陶磁の鑑賞陶磁コレクションを中心としたものですが、館蔵の日本磁器のうちから、有田の初期色絵磁器とされる古九谷様式を初め、ヨーロッパ向けの輸出磁器である柿右衛門様式や金襴手様式の古伊万里およそ 50 件余りが展示されます。
3. 「森川如春庵の世界…茶人のまなざし…」 愛知県一宮の素封家森川勘一郎(後の如春庵)は天性優れた審美眼の持ち主で、 16 歳の時に本阿弥光悦の黒楽茶碗「時雨」を入手し、さらに 19 歳にして平瀬家の売り立てで同じく光悦作の赤楽茶碗「乙御前」を買い求めたという逸話の持ち主でもあり、「佐竹本三十六歌仙絵巻」の切断や「紫式部日記絵詞」の発見など多くのエピソードも残されています。
4. 「大琳派展…継承と変奏…尾形光琳生誕 350 周年記念」 会 期: 2008.10.7 〜 11.16 今年は尾形光琳が生まれて 350 年目にあたります。光琳は、斬新な装飾芸術を完成させ、「琳派」という絵画・工芸の一派を大成させました。琳派は、代々受け継がれる世襲の画派ではなく、光琳が本阿弥光悦、俵屋宗達に私淑し、その光琳を、酒井抱一らが慕うという特殊な形で継承されてきました。この展覧会では、琳派を代表する光悦・宗達・光琳・乾山・抱一・其一の 6 人の優品により琳派芸術を展望し、併せて絵画、書跡、工芸など、各分野の名品により、琳派の系譜を具体的にたどるものです。 以上
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